shimeji
都市に暮らす喜びとは、集約された都市サービスを享受することに留まらず、人間をはじめとした高密度な生物社会との接続を快楽として受け取ることだと捉えてみる。敷地いっぱいに自分だけの面積を確保して安堵するのではなく、開かれた都市の隙間に潜り込んで曖昧な領域を野心的に獲得しながら暮らす住宅を考えた。
この家の中には10人程の他者が同時に居ることができる。
定住するオーナーを軸に、人々は様々なスパンでここに住み、場を共有する。下宿の学生や、家を建替え中の親子、一夜限りの旅行客などが想定されている。それぞれが隙間を見つけて居を構え、相互に距離感を見定める。昨日は共用部であった場所が今日誰かの棲家に変わる。全ての空間は居場所としての可能性を秘めて、見え隠れしながら街へと連続している。
いわばこの住宅は都市の中の隙間である。この場所を取り巻くものの関係は、敷地内で完結することなく、否応なく街にすむ隣人たちを巻き込んでいく。決して猫なども例外ではない。都市の隙間はこの住宅だけで出来ているわけではなく、隣家や周辺環境との間にも成立しているからである。そこには誰もが入り込むことができ、隣り合う誰かとの距離感を相互に調停するという言葉のないコミュニケーションが発生する。
ここでは誰もが自分の領域を獲得しながら、実際にはその領域は少しずつオーバーラップした状態で高密度に繰り返される。動的な関係がゆらゆらと領域を変化させ続けるために、コミュニケーションは決して終わることはない。せめぎ合う他者との関係が暮らすという行為をより能動的にし、生きることを豊かにしていく。