坂とある家

この住宅には、自由な8畳のスペースが整然と集められ、スロープが縁側のようにその周囲
を巡っている。
暮らす人の体調に合わせて、車椅子などでハイキングのように家登りをして外へ出られる、
部屋という欲望/個人の空間に、スロープというちょっとした街/公共の空間をもてるよう
な構成としている。

居室はシンプルな8畳の空間の連続だが、暮らし方や家族構成、考え方やライフスタイルに
よって、印象を変えずに空間のカスタマイズができる。部屋の並び方、室内/外、単/複
層、建具、家具によって、暮らしの中に生活にフィットさせることができる。

巻きついたスロープが生活の中に、坂を登ったり下りたり斜めの動きを取り込み、人間の自
律的な行動を促す。知覚したイメージと身体的なイメージのズレが自身の身体に眼を向けさ
せる。
スロープの両側には一定のリズムで匿名的な開口部があり、一定では無い幅や天井高は遠近
法にズレをもたらし、この住宅に特有の場所や方向性を生む。

年を重ね、生活スタイルが変化していくと、空間を共有する「家族」との関係も微細ではあ
るが変わっていくことは避けられない。そんな変化に対して、ポジティブに空間を選び直
し、簡易なリフォームで住まい方を調整することができる。どんどん離して共有すること
も、全てを混ぜて分離することも可能な、シンプルでおおらかな形式だ。

私自身、坂のある街に移住し、急な坂の上に住む人と関わることが多くなった。毎日100段
以上の階段を登り、家にたどり着く。一気には登れないので、所々に住む人たちが作った座
れる場所があったり、立ち止まれる場所があったり、みんなで育てる花壇のようなものがあ
る。住みやすい家ではなく、そんな空間と身体が密接に結びつき、生きることと密接な住宅
を考えた。

楽な平屋が欲しいが風景の変化も欲しい/しんどいが坂の上に家を持って風景を享受した
い/狭くなるがメゾネットの家が欲しい。人間は欲張りだが、生活の豊かさや美しさはそん
な矛盾/相対の中に生まれ、そんな生活に寄り添っていける住宅だ。